第4話

これがグラントルタのポソレだ
シルビオ通信

家の近くにインド料理を出す店があります。そこでキオにせがまれてランチを食べに行きました。歩いて行ける距離だったんで自転車で。以前僕はダイヤモンドの買いつけという一風変わった仕事をしていて、毎月インドのボンベイという町に通っていたことがあります。だからもうインド料理はうんざりするほど食べては腹をこわしていたので、そんなに気がすすまなかったのですが。 グル・プリートという名前のその店は従業員がインド人ばかりで、ウェイターはターバンを巻いたシーク教徒です。音楽は当然ボンベイでタクシーの運転手が聞くこてこてインド音楽で、メニューにはボンベイスペシャルみたいな怪しげなセットがあり…。結局僕は会計しながら店主とボンベイの四方山話に花を咲かせてしまったのです。なんてこったいですね。

 トスターダス(揚げトルティージャ)以外のすべての仕込みを習い終えたその夜、僕はキオを連れてグラントルタに来店した。ちょうど八時を回った頃だ。僕らは少し店先で待った後、入り口から二番目の席に陣取った。もちろん土曜日の夜だから店は客であふれかえっていて、店主のエウセビオおじさんはいつものように忙しそうだ。なのにわざわざ席まで来てくれた。白いエプロンをして、耳にはボールペンがさしてある。

「どうやアルムノ〈生徒)、調子は?」

 僕はマエストロ(先生)と彼のことを呼ぶようになっていたからなんかもう本当に師匠と弟子だ。

「自分が手伝ったポソレを食べさせたくてね。うちの奥さん連れてきましたよ」

 本当に少しだけだけど野菜を切るのを手伝った僕は、そのキャベツやラディッシュが店でちゃんと使われているのを見てうれしくなった。とうもろこしも肉もスープも全部僕が見ている前で作られたものだ。僕らふたりのお決まりメニューはずっと前からポソレ−−今回はブランコ(白)とロホ(赤)を一皿ずつとバニラシェークだ。塩味とシェークの甘さが絶妙にマッチする。

 頼んだものがすべてそろうと僕らはそそくさとデジタルカメラを取り出した。すると、エウセビオさんがまた席にやってきた。

「ちょっと待ってくれ。ベルデ(緑)のポソレも持ってくるからそれも写真に撮ってくれ」

「その写真で何するの?」

「いや、ちょっとメニューを写真入りにしようかと思てな」

 普通店の中であんまりパシャパシャとシャッターを切るのは気が引けるものだが、こうやって店主が撮ってくれというんだから何のためらいもなく僕らはあっちこっちからアングルをかえて写真を撮った。

 店は客の回転が早く、入り口では四十代半ばぐらいのおじさんが僕らが食べ終わるのを今か今かと待ち構えている。それを見て僕らは長居しないよう食べ終わるとすぐ勘定をしてもらうように頼んだ。一人だけ白い肌をした女の子がレジを打っているあいだ、エウセビオさんが後ろから何か耳打ちをしているのが見えた。

 代金を払うときになって、僕はそのひそひそ話が何なのかを知ることになる。えらく安いのだ。そしてレシートには訳もなく値引きされた料金だけが大きくボールペンで書かれていた。何から何まで、とんでもない。でも彼女にその値引きの理由を聞いても顔をこわばらせて何も答えないし、おじさんはさっさと厨房の奥のほうへ引っ込んでいつまでも果てることのない注文を無言でこなしている。そんなわけで僕はまた師匠の厚意に甘えっぱなしで、店を出た。

「ほな、火曜日な。十一時にくるんやで」

トルティージャ・マシーンを探すため、エウセビオさんと僕は三日後またここで待ち合わせる。


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