一期一会 トイレ編 (4)

カピストラン家

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カピストラン家の台所にあった棚。このごちゃごちゃ感が大好き。私のだ
好きだった場所です。

語学学校に通う間ホームステイをしていたおうちはカピストランさんのおうち。きれいなブルーの外観がかわいらしいお家です。お父さん、お母さん、私よりひとつ年上の息子さんと犬のオディの3人と1匹の家族ですが、実際は、お父さんはプエブラで単身赴任をしていて、息子さんも働いていたのであまり家にいる時間はなく、ステイ中はお母さんと私とオディで一緒にいました。日本にいるときは“お母さん→うちの実の母”で“ママ→メキシコのお母さん”という使い分けをします。だから母にメキシコのお母さんの事を話すときは「お母さん、ママが手紙で素敵な家族やねえって言っとったよ。」と言うようになるのです。

 カピストラン家での生活。初めは私以外に韓国人留学生がいたので2階の小さめの部屋を使わせてもらっていたのですが、彼が帰った後は、彼が使っていた1階の部屋(前のよりは大きい)を使うことになりました。1年目は快適だったのですが、2回目のクエルナバカのときはちょっと様子が変わっていました。基本的には変わらないのですが、妙にトイレがうるさいのです。

 それに気がついたのは二度目のホームステイの中頃。トイレを使ってからだいぶ時間がたつのに“ゴー”っという水の流れる音がいつまでたっても終わらないのです。おかしいと思った私はもう一度トイレへ行き、便器のふたを開けてみると中はしんと静まっています。ということはタンクの中かと思い、ちょっと躊躇しましたがタンクの蓋を開けてみることにしました。すると、ある程度タンクに水がたまったら落ちるはずのストッパーがずれてしまっているのです。なるほどと思いストッパーをあるべき位置へ戻すと水は止まり、音もおさまりました。

 これで一件落着と思いきや、結局は根本的に直したわけではないのでたびたび同じ事が起こる始末。そのうち私もコツをつかみ、除々にストッパーをあるべき位置にできる水の流し方を体得するにいたりました。失敗してもすぐにわかるようになり、そういうときは即座にタンクの蓋を開け、ストッパーを直す。しかし、問題がありました。タンクの蓋がタンクとうまくかみ合わないのです。初めからだったのか、私が何かしてしまったのか・・・今となっては分かりません。私は悪い事をしたのを隠す子供のように、この事を隠していました。

 カピストラン家の生活は非常に快適なものでした。強風や雷で停電したり、毎朝やたら家の前の道路がうるさかったり、シャワーがいつも途中から水になってしまったりということはありましたが、食事はおいしいし、ママは優しくていつも私のつたないスペイン語を辛抱強く聞いてくれるし、間違っていれば正してくれて、きちんと伝えられれば忘れずに褒めてくれました。滞在中につらいこと(どっちかというとくやしいこと)があって、表に出さないようにしていたのに、ママと話していたら心がほっとしてえんえん泣いてしまったりもしました。時間としては短いかもしれないけど、交わした言葉一つ一つ、起きた出来事一つ一つが私にとっての宝物です。だから、帰国するときは大変でした。帰りたくなくて、帰りたくなくて、朝からずっと泣きづめ。ママも、お兄さんも「また戻っておいで。私たちは家族なんだから。」と言ってくれ、パパは「泣かないで、笑っておくれ」と抱きしめてくれました。思い出すだけで泣けてきます。

 日本に帰国し、このごろふっと頭をよぎるのは家族の笑顔とタンクの蓋です。起こった事を話せずに今まで来てしまったことにちょっとだけ心が痛んでいます。今度行くときもそうだったら、ちゃんと告白しなくちゃな。でも、会ったり電話したり手紙書いたりしているうちにいつも伝えるの忘れちゃうんですけどね。


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