■■Panchitoのラテン音楽ワールド■■

Archivo #017
メキシコの異才(2) 〜スペース・エイジの音楽家、フアン・エスキベル

CDジャケット:BAR/NONE RECORDS(USA) AHAON-091 "Exploring New Sounds in Stereo / Strings aflame" 裏ジャケット
My Blue Heaven / Bella Mora / All of me / Misirlou / Guadalajara / Malaguena他全22曲

CDジャケットの一部:1960年代のエスキベル楽団のポスターのイラスト。ピアノがエスキベル。

 前回のヒル・オルベーラに続いて、枠にとらわれない鍵盤楽器奏者のご紹介。この人の名前を知る人は、ステレオ初期にいろんなレコードを聞いたか、近年のラウンジ・ミュージック・ブームの中で彼を知った人かのどちらかのはずである。土の香りや民俗色を愛するコアなラテン・ファンからは決して熱狂的な支持を受けないという妙なメキシコ人音楽家なのである。

 1918年タンピコ州タマウリパスに生まれたエスキベルは独学でピアノと編曲をマスター、14歳からラジオでプロとして活動、18歳で初めて自己のバンドを持つ。このバンドが美人女性歌手5人を前面に出した22名編成のビッグバンドだったというのだから、ただものではない。しかし全世界に羽ばたくには時間がかかり、その後15年以上を地元で過ごすことになる(この間の彼の音楽がどのように変化したのかはよくわかっていない)。

1953年頃からメキシコ・シティに移動してRCAに録音を開始、楽団ソノラマ(Orquesta Sonorama)と名乗り、不思議な響きのビッグ・バンド・スタイルでデビューを飾る。「ソノラマ」とは当時流行していた立体映画システム「シネラマ」になぞらえて、スペイン語の Soundにあたる「ソノーラ」を組み合わせた合成語。マリア・ビクトリアなど一流歌手の伴奏なども担当するようになり、その名声は高まっていく。57年に楽団ソノラマで録音した「ベサメ・ムーチョ」はすぐ日本でもLP ビクターLS-505「ラテン・アメリカン・ ムード」で紹介、これがエスキベルの日本初紹介盤となる。

 しかしエスキベルが特異な音作りに才能を発揮するのは1958年以降、ステレオというシステムが普及してからである。楽器や音を左右のスピーカーに分けるという「ステレオ」は、さまざまな音を縦横無尽にちりばめるエスキベルの手法を展開するにはうってつけの題材だった。本来人間の左右の耳に対応してより自然な音楽の再生を目指したはずのステレオ・システムは、エスキベルの「超自然的な」音楽の実験場と化したのである。

 この1958年、エスキベルは "Exploring New Sounds in Stereo"、"Other Worlds Other Sounds"、"Four Corners of The World"を矢継ぎ早に録音、レパートリーはジャズやラ テンの名曲が中心だが、スタイルはジャズともラテンともムード・ミュージックともつかない独自のものだった。マリンバが右から左のスピーカーへ動き、チャイム、ベル、口笛、エレキ・ギター、ハワイアン・ギター、バイブラフォン、男女コーラスが浮き立ち、迫力あるブラスと各種打楽器が曲を盛り上げる。はっきり言って文章では表しようがないのだが、いわば子供がおもちゃ箱をひっくり返しているようなにぎやかさがある。もちろんエスキベル自身のピアノはラテンの伝統をしっかり受け継いだ華やかなもの。

 その後もユニークなアルバムを制作し続けるが、1968年のアルバムが最後となってしまう。その後はハリウッドでテレビや映画音楽の仕事に活躍、1979年、3番目の妻と離婚したエスキベルはメキシコに戻り、テレビの世界で活躍し続けたという。

 彼の昔のアルバムがいわゆるラウンジ・ミュージックの文脈で脚光を浴びるのが1993年頃のこと。94年の編集盤 Bar/None Records AHAON-043 "Esquivel! / Space-age bachelor pad music"が大きな評判となり、さまざまな編集盤やオリジナル・アルバムの復刻盤、果ては録音当時発売されなかった1960年の異色のアルバム "See it in sound"(そこではいつもの楽器に加えて、子供の笑い声、犬の吠える声、バスのクラクション、足音など日常の音がコラージュされている)までがCD化されていく。

 そんな再評価の声を聞きながら、今年83歳でエスキベルは世を去った。再評価の中でエスキベルの音楽にはよく"Space age"という形容がついていた。「宇宙時代」...それ は人類が宇宙に憧れ、さまざまな想像力をめぐらしていた時代なのだと思う。"Exploring New Sounds in Stereo"のジャケットにも象徴されているが、「宇宙」への憧れ、「未来」へのサウンドを、メキシコという背景を通してエスキベルは表現していたのだろう。