■■Panchitoのラテン音楽ワールド■■

Archivo #007
知的お笑いの極致〜レ・リュチエという不思議な集団

DVD: "Unen canto con humor 1999" LES LUTHIERS (RVH Argentina DV1696)

(ただし日本ではリージョン・フリーのDVDプレイヤーがなくては再生不可能だが、アルゼンチンの書籍販売サイト Tematika.com.arなどで購入は可能))

今回は「お笑い」の話。「笑いは文化のバロメーター」とか言われるが、中南米のコメディアンが日本で知られるような機会はまずない。ところが今から30年近く前にアルゼンチンのコミック・グループのLPが歌詞およびセリフの対訳を完備した形で発売されたことが1度あった。そのグループの名はレ・リュチエ(Les Luthiers)。リュチエとは楽器製作者を表わすフランス語。事実このグループは1967年、ブリキ缶のビオラ Violata、ゴム・ホースに石油用のジョウゴを取り付けた Gom-horn などへんてこな自作楽器のアンサンブルとしてデビューした。しかし笑いは楽器のみならず、独特のトーンで行われる曲前の解説、くだらない歌詞をもった歌、さらに大統領のわがままで国歌を改作することになった作曲家、テレビ音楽のパロディ、下剤の説明書をそのままカンタータにする(この Cantata Laxatonが日本で発売された作品だった)などの設定にも秘められている。

 結成以来毎年1作品、1時間半ほどのショウを制作、ブエノスアイレスの大きな劇場で長期上演している。さらに中南米諸国でもよく公演を行い(最も人気があるのはメキシコ)、LPも8枚を制作(うち7枚がCD化されている)、ライヴ映像にはビデオ化されたものもあり、まだアルゼンチン映画の名作ですらろくに出ていないのに、レ・リュチエのショウは4枚もDVD化されているのである!(しかもDVD化にあたってスペイン語、英語、ポルトガル語、フランス語、イタリア語の字幕をつけることが可能になった)。

 上に挙げたのはその中で最新のものとなる1999年のショウ「歌とユーモアをつなぐ男たち」のDVD。少し長くなるがこの中から私の好きな(というか私でも理解可能な)「彼女を許してやれ」(Perdonala)というボレロをご紹介しよう。

 現在のメンバーは少し減って5人。グループ1のボケ役ダニエル・ラビノビッチが歌い、友人のトリオが伴奏とコーラスを受け持つ。曲の解説を終えたムンドストックはすでに笑いを取り終わり、そこにはいない。典型的なボレロのパロディ。歌詞はこんな調子だ。

(ソロ) エステルとは暮らしたくない/彼女は許されないことをしたのだ/行かせてやれ、私は傷つきたくない/忘れることが出来ないほどひどかったんだ

(コーラス隊)許してやれよ、素直でいい女だったじゃないか、きっとまだ君のことを愛しているよ
(ソロ)エステルとは暮らしたくない/許せることはもう許してきた/夕方出ていこうとした時に「あんたのことなんか一度も愛したことはなかった」と言いやがった

<ここでコーラス隊、一瞬止まって顔を見合わせ、そしておもむろに>

(コーラス隊)許してやれよ、それでもさ/あのハチミツのようなキスが戻ってくるよ/一生君に忠実なはずだよ

(ソロ)エステルとは暮らしたくない/二人の生活は胆汁のように苦かった(注:胆汁 hielとハチミツ mielを掛けている)/夕方出ていこうとした時に「あたしはあんたに忠実だったことなんか一度もなかった」と言いやがった

<コーラス隊凍り付く。でもやっとの思いで>

(コーラス隊)わかってやれよ、落ち着いてさ/昨日までは20人男がいたかも知れないけど...心の底では優しい女性のはずさ

(ソロ)エステルとは暮らしたくない/もう許せないんだ/夕方出ていこうとする前に、俺をナタで追い回したんだぜ
<コーラス隊、目が点になりつつも>

(コーラス隊)大目に見てやれよ、まだ子供なんだから/でもやっぱり何日か会わない方がいいかもね/いいカップルってのは喧嘩するもんさ/まあたいていの女性はナタをもって追っかけるもんだよ
(ソロ)エステルとは暮らしたくない/私の友人たちのことが気に入らなくて/みんな怠け者だと言っていた

<血相を変え力強く>(コーラス隊)彼女のことは忘れちまえ、忘れなきゃだめだ/あの魔女からやっとおまえは解放されるのだ!/でも忘れる前に、どうしても許せなかったことが何か教えてくれるかい?

(ソロ)最後にしたことはすごかった/これは絶対に許しがたい/夕方出ていこうとした時に...行くのをやめて家に残ることを決めたんだ!

訳では面白み半減だが、映像を見ればかなりおかしい。つい見逃してしまうが、何の楽器でも全員がものすごくうまい。この5人衆、ただのおとぼけではないのだ。