オトキータ、大泣き!の巻

 私がメキシコで過ごす最後の日曜日。借りていたアパートを2週間前に引き払い、アビラ家で再び居候を決め込んでいた。朝10時。ルイスとその弟イスラエルがお迎えにやってきた。昨日、電話で映画に誘われたのだ。“両手に花”ならぬ“両腕に美少年”なんて、お姉さんは幸せ者。ふふふ。この日は2時から家族揃って食事をすることになっており、それに間に合うようにと、私達は午前中の上映に行くことにした。

 近くのショッピング・モールで並んで見た映画は、「レイナ・イサベル(邦題:エリザベス)」。

(まだまだ子供だから、ディズニーか、シュワちゃんのような分かりやすいアクション物を選ぶだろう。)

 勝手にそう決め込んでいた私は、彼らが正統的なイギリスの古典物を選んだことに新鮮な驚きを覚えた。そういえば、ふたりとも中学生。知り合った時は、まだあどけない小学生だったのに。どうりで歳を取るはずだわね〜。

 「この映画、セックスシーンがあるけど構わない?」

 窓口で綺麗なチケット売りのお姉さんが言った。子供たちに唐突な質問をする彼女に戸惑う私とは対照的に、平気です、とあっさり答えるふたり。

 (まぁまぁ、いつのまにかこんなに大きくなっちゃって…)

 思わず“おばさん”が入る私。

 映画は1時に終了。さっそく出口に向かおうとした私になぜか慌てる二人。

 「オトキータ、ちょ、ちょっと待って。まだ早いから…。」

 「何で? 今からだとまだお昼の手伝いができるよ。どうせ2時前には戻ってないといけないんだしさ。ほら、行くよ。」

 「だって、2時に戻らないといけないから…。」

 困った様子のルイス。

 (何だか怪しい…。もしかして、もしかしたら、今日の集まりは単なるお昼ご飯ではなく、今ごろアビラ家では、料理とか飾り付けとか、私のために張り切って準備してくれていて、私がその場に居合わせないようにと、こうして映画に連れ出されたのかも…。となると、この2人は自主的に誘ってくれたのではなく、オトナどもに私のお守役を任されたから? あ〜あ、もしそうだとしたら、おばさんがっかりだなぁ。でもまぁ、私達3人でお出かけなんて、この先もうないだろうし…。ま、いっか。)

 こうして私は、彼らに与えられた使命に気づかぬ振りをして、誘われるがまま、ゲームセンターへと向かったのであった。時間を忘れついつい熱くなる3人。結構小ゼニをつぎ込んだ。気がつくと約束の2時はとっくに過ぎていた。

 大慌てでデパートを後にする。

 ピューピュー!

 コンクリート敷のパティオ(中庭)へと続くドアを開けた途端、口笛と拍手喝采の嵐!そこにはアビラ家の人々のみならず、親戚たちも勢ぞろいしていた。よく見ると、元同僚や友人の姿まである。縦長のテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれ、綺麗なお花が一定の間隔を保って置かれていた。ところどころ汚れた白い壁には、メキシコならではのソンブレロ〔*つばの部分が異常に広い、マリアッチ帽や麦わら帽〕やサラペ〔*太い糸でカラフルに織り上げられたショールのようなもの〕、ギターまでもが飾られていた。そして奥に設けられた即席のバーカウンターには、テキーラやラム酒、コロナビールに囲まれたスサナ(アビラ家一の酒豪)がいた。

 (してやられた。)

 ここまで本格的なものだとは思ってもみなかった。

 料理は全てコテコテのメキシコ料理。親戚一料理上手と自他ともに認める、リタおばさん特製のポソーレ*にはじまり、アビラ家の斜め前にある小学校で、20年以上も住み込み用務員をしているマルガリータ特製のゴルディータ*。これは、ここサンタ・ルシアの住民の間ではまさに知る人ぞしる逸品、である。そして、チャウアおばさんのソペ*。後述の2品は、巨大なマサとガスコンロを持ち込んでの実演だった。その他にも、各家族ごとに持ち寄った、うちわサボテンのサラダやスパゲッティ、フリホーレス〔*大豆を煮込んでペースト状にしたもの〕等が、ズラリと並べられていた。

 イベントの仕掛け人は、やはりロサウラ。今回のテーマは『メキシコ』らしい。パーティのテーマに合わせて、普段は着ない伝統的なカウボーイスタイルに身を包んだ親戚も結構いて、みんなキマッていた。これだけでも十分驚きだったのに、食後にはトランペットの音色も高らかにマリアッチ軍団が登場!(ここまでやるか!)アビラ家の台所事情を考えると、マリアッチ楽団を家に呼ぶなんて大出費のはず。思わず目頭が熱くなる。彼らの生演奏に合わせて踊り始めるみんな。まるで誰かの結婚式のような盛り上がりであった。

 宴もたけなわ、スピーチをするようにとはやし立てられた。いつのの間にかマイクとスピーカーがちゃっかり用意されている。度重なる“カンパイ”を繰り返し赤ら顔の私に、みんなの視線が。ここで恥ずかしがったりしたら、場が一気に盛り下がってしまう。私は覚悟を決めてマイクの前に立った。

 「えぇーと、みなさん、今日は私のために集まってくれて、どうも有難うございます。まさに、ブエナ ソルプレサ〔思いがけなく起こった嬉しいこと〕でした。.....(中略).....伝えたいことは山ほどあるのに、何をどう言ったらいいのか....(中略)....えーっと、ただ、これだけは皆さんに知っておいてもらいたいと思います。私は今、自分がメキシコで一番幸せな日本人だと確信していま....うわぁーん。(大泣き)」

 5年間の楽しかったメキシコ生活を締めくくる、最後の日曜日の出来事。

                        (完)

*ポソーレ:大きいトウモロコシの実が入った具沢山スープ。上に千切りレタス、みじん切りした玉葱、赤かぶスライスを載せて、ライムにオレガノやチレピキンといった香辛料をかけて食べる。

*ゴルディータ:トウモロコシの粉を練って作った“マサ”に具(豚肉が一般的)を詰めて厚めの円盤型にする。それを揚げた後中央に切り目を入れ、玉葱やシラントロ(香草の一種)等を詰めるてから食べる。

*ソペ:前述の“マサ”で、これまた厚めの円盤型を作り、油をたっぷりと敷いてから焼き揚げた後、その上に後述のフリホーレスを塗ってチーズや玉葱のみじん切り等を載せるてから食べる。


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