オトキータ、ワールドカップに燃えるの巻

 1998年にフランスで開催され、世界中の人々を熱狂の渦に巻き込んだワールドカップ。メキシコでサッカーは国民的スポーツ。日本の野球人気に匹敵するものがある。だから、4年に1度のワールドカップは、まさに国をあげてのお祭り、である。

 多くの会社では、開催中もしくは、少なくともメキシコが試合をする日の、職場での応援を許可している。さもないと、試合が気になって仕事に集中できない人や、会社を休んでしまう人が出てきてしまうからだ。オフィスに、テレビやラジオがなくても心配ご無用、必ず誰かが持参してくる。

 私が勤めていた会社もその例に漏れず、メキシコの試合に限り、テレビ観戦できることになった。試合日になると、朝一番でオフィス真正面にあるコンビニへと出かけ、ソフトドリンクやスナック菓子を嬉々として買い込む。荷物を手に、エレベーター前で早くも盛りあがっていると、他の階のひとたちと出会う。彼らもまた、中身の詰まった買出し袋を抱えている。どこも考えることは同じらしい。

 テレビが置いてある、給湯室とちょっとした食堂を兼ねたスペースの白い壁には、いつのまにやら、国内の某大手新聞社が何面にもわたって特集を組んだ際の、メキシコ選抜チームのカラー刷り込み写真がでかでかと張られていた。広大な芝の一角で、互いにがっちりと肩を組み合い、誇らしげに胸を張っている。

 いよいよ大会開催が近づくという頃になって、私たちは、ひとりに付き一口限定のキニエラ(サッカーくじ)を設けた。廊下の掲示板には、数日前に各社員が署名の上提出した、全試合における勝敗予想がずらりと張り出されている。後から書き換えが出来ないようにと、思い思いのペンで手書き記入したオリジナルからコピーを取って張ってある。いつも受付にいるマウレン嬢は、気合を入れて、各自の勝ち星状況が一目で分かる総括表までコンピューターで作成した。

 賭け金は50ペソ。当たれば500ペソ獲得である。日本円にすると6千円程度だが、メキシコでは結構な額なのだ。ただ、生活レベルの格差が激しいこの国では、行く店によって値段がかなり違ってくる。例えば、私が同僚とよく出前を頼んだ近くの大衆食堂の日替りランチ(スープ、飲み物、デザート付)は、チップを含めて20ペソ程度だが、これが洗練されたレストランだと、お昼だけでも100ペソくらいはかかる。映画代は、30ペソ前後で、CDだと150ペソ〜200ペソくらいする。

 当初は、単に500ペソの行方が気になるという不純な動機で観戦していたけれど、いつしか男達の熱い闘いにすっかり魅了されてしまっていた。しかし、日本対アルゼンチン戦の予想で、日本の欄に大きく○を付けて同僚に笑われ、おまけに“引き分け”が存在することすら知らなかった私の総合結果は、実に悲惨なものであった。

 試合放送中、オフィスへの訪問客や電話は皆無に等しく、業務に差し支えることはまずない。車の通行量や道行く人の数もぐっと減る。みんなが建物の中にこもり、日頃の喧騒が嘘のようだ。それでも、ハーフタイムになると電話が鳴り始める。そして後半戦が始まると、再び静寂が訪れるのだ。

 さて、メキシコの初戦の相手はというと韓国であった。この日は土曜日だったので、私はいつもより早起きをして自宅で画面に見入っていた。韓国チームはすごく攻撃的で、イエローカードを連発して切られている。

 午後からは、閑静な住宅街にある庶民的な日本料理屋にて、友人の誕生日を祝うことになっていたので、前半戦の終わりを告げる笛の音とともに、彼女へのプレゼントを買いに出かけた。外に出てすぐ右に歩き始めると、やがて最初の信号に突き当たる。私は大通りを渡った。向かって右手の前方に独立記念塔が高くそびえているのが見える。そのてっぺんに、今にも天へと昇りそうな金色のアンヘル(天使)がいることから、通称アンヘル塔と呼ばれている。メキシコシティのメイン・ストリートであるレフォルマ通りの、交差点のど真ん中にあるこの塔は、有名な観光スポットだが、サッカーファンの聖地(?)でもあるらしい。というのも、メキシコが出場する国際試合に限らず、通常の国内リーグ戦でも、試合後にクラクションやラッパの音も勇ましく、時には奇声とともに、どこからともなく人が押し寄せてくるのだ。車窓からは勝ったお気に入りチームの旗が翻がえり、さながら暴走族の集会のような様相を呈している。

 この日は、週末ということで、レフォルマ通りを一部通行止めにして、アンヘル塔のそばに巨大画面が特設されていた。遠くに人だかりも見える。

 私は次の信号の角、アンヘル塔のすぐ手前にあるサンボンズ・デパートに向かっていた。今や等身大の人だかりの中、私は刺すような視線を感じ始めた。どの人も、アステカ族の暦をモチーフにした、メキシコ選抜チームの緑のユニフォームに身を包み、顔はインディアンの如く、これまたメキシコ国旗のトリコロール−赤、白、緑−で塗られている。髪の毛をこの3色で染めている人もいる。手には国旗やラッパ等が握られていた。

 「メヒコ! メヒコ! (メキシコ!メキシコ!)」

 若者4人組が近づいてきて、おもむろに私の耳元でこぶしを上げながら叫んだ。わざと私に向かって、ブーイングをする人たちもいた。周辺は、殺気だったような異様な熱気に包まれている。

 私は、思わず肩を縮めた。

そうなのだ。私は韓国人と間違えられていたのだ。前半戦終了時点で、メキシコは1−0で韓国にリードを許していた。

 逃げるようにして店内に入るも、今度は、店員さんがやけに素っ気無いというか、冷ややかというか。なんだか嫌な感じ。

 そこで、腕時計の並んだガラスケースの向こう側にいる、白髪まじりのベリーショートの店員に、大きな声で言ってみた。

 「後半はゼッタイ逆転ですよね。それにしても韓国チームの試合の仕方はスマートじゃないと思いません? あ、私ね、日本人なんですけど、もう気持ちはメヒカーナ(メキシコ人)。」

 彼女の細い銀ぶちメガネの奥がパッと輝く。

 「アラ、お客さん、ハポネシータ(日本人)なんですか?」

 口調まで穏やかになる。ほんと、分かりやすいんだから。

 買い物を済ませ、再びびくびくしながら外へと出る。人ごみを抜け無事にアパートへとたどり着いた時には、すでに試合は再開されていた。握り締めた手に祈りを込めて、画面に見入る。前半戦よりも心なしか大きな声が、外から聞こえてくる。

 結果は3−1でメキシコの勝利。

 やったね。見事、期待に応えてくれた。

 テレビを消して、勝ったばかりのプレゼントをカバンにしまうと、今度は安心して、約束の場所へと向かったのであった。

                                


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