泣く子も黙る? カラテ家オトキータの巻

 あれはいつのことだったか。もう何年も前のこと。友達の誕生日パーティが彼女の家で開かれることになった。そこで、会社の同僚2人と一緒に、地下鉄で最寄りの駅まで行った後、そこからはタクシーに乗ることにした。やけに愛想のいい運転手さん。やたらと話しかけてくる。おしゃべり大好きの同僚たちが彼のお相手をしていたので、私は、ただ黙って3人の会話に聞き入っていた。

タクシーが走り出してからしばらくして、私の横に座っていた同僚のクラウディアが言った。

「あのぉ、これから訪ねる友人宅には、私、以前に何度か行ったことがあるんですけど、確か、この辺は一度も通らなかったような気がするんですが…。」

「そう? まぁ、いろんな行き方があるからね。でも、この行き方が一番近いから。」

と、すまし顔で答える運転手さん。

更に時間が経過。どんどん跳ねあがっていく料金メーター。私達を乗せたタクシーは、やたらくねくねとした細道へと入りたがる。気の短いクラウディアは、私の横でイライラし始めた。何だか嫌な予感…。運転手さん、わたしゃ知らないよ。彼女、怒ったら怖いんだから。そして… ついに切れた。

「ちょっと、おじさん、変な時間稼ぎしないでくれます。そんなことしても、私たち、タクシーメーターどおりには絶対払いませんからね。それに、このコね、ハポネシータ(日本人)なんだけど、凄腕の“カラテカ”なんだから。」

と声を荒げた。

「………。(→私)」

なぜかメキシコ人の大半は、“日本人なら誰でもカラテが強い!”と思い込んでいる。私の場合、出会う人ほとんどに、必ずと言っていいほど 「カラテやってる?」と訊かれる。

バックミラー越し、私にチラリと視線をやる運転手。これまたバックミラー越しに、彼の目をじっと見据えながら、ニコリともせずにカラテのキメのポーズをする私。タクシーに乗り込んでから、一言も喋らない謎の? 東洋人の『見事なキメのポーズ』に恐れをなしたか! 彼は動揺をみせた。先程までの元気はどこへやら、時折、ちらちらと、ミラー越しに私の様子を伺っている。その度に、無表情で彼を見つめ返す意地悪な私。

それからは、あっけなく目的地へと到着。やはり、わざと遠回りをしていたらしい。支払い料金もメーター通りではなく、同僚の言うがままに負けてくれた、とても気の弱い運転手さんであった。よっ! 名役者! (オイオイ…。) 自画自賛のオトキータ。

  


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